昨日は円覚寺 帰源院にて、夏目漱石参禅130年記念「新感覚で語る『門』」が開催されました!
『門』の解釈について皆さんと考える機会が得られたことは何よりでした💖(ちょっとマニアック😅)お客様から「本当に漱石が好きな方は、ああいった視点で作品を捉えるのか!?といった新鮮な驚きがあり楽しめました」とご感想をいただきました。
コントラバスの音色も厳かで素敵でしたね~🌟
和室を吹き抜ける風が爽やかで本当に気持ちのよい日でした💕
お運びいただきました皆様、ありがとうございました。
「皆様のご感想と私が苦労したところ」はこちら
法要をしていただいた円覚寺派浄智寺住職 朝日奈惠温様とは今回初めてお目にかかりました。(鎌倉FMの代表取締役社長。前職はTBSで「兼高かおる世界の旅」等のプロデューサー。お父様は元円覚寺派管長)今回のようなアカデミックなイベントはとても良いとお褒めくだささったそうです。朗読も!嬉しい~
円覚寺 総門
熊本時代の若い漱石
扇風機カバーも「円相」
「円相」は、仏教では「最高の悟りを表す究極の形」とされ、始まりも終わりもなく角にひっかかることもない円の流れ続ける動きは、「捕らわれのない心」「執着から解放された心」を表しているそうです。
私はこのような意味を知りませんでした。が、先日 帰源院に貼ってある円相のポスターを見た時に、「互いに抱き合って丸い円を描き始めた。」という『門』の文章とピタリと一致して、思わず「あっ」と声を上げてしまいました。その文章の後は「彼らの生活は淋しいなりに落ち着いてきた。・・・一種の甘い悲哀を味わった。・・・一層純粋であった。」と続きます。これらから想像すると「円満」という解釈だけになりそうですが、私は円を描くようにぐるぐると同じところを廻っている(進むことがなく停滞している)という意味も含まれていると解釈しており、それが円相と結びついたのです。
季節もまた「春夏秋冬」と巡り、ぐるぐると廻っていて、私はこれも円相と結びつきました。『門』は幸せな場面を何度も「春」と表現しています。そしてラストは「じき冬になるよ」で終ります。でも、これで終わりではなく、また春が来ることもあるのです。その後の展開を読者に想像させる漱石の才能を感じます。
堀真潮さんに二次創作していただけたら良いですね。タイトルは『門のそれから』にしてください!とお願しておきました(*^^)v
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